若い人にとって悪くない

澁澤龍彦が書いた澁澤龍彦入門
澁澤さんが最晩年に書いた小説。この冒険譚は、精神の波瀾万丈の
面白さ。ここから入って、澁澤さんの業績に、歩を進めるのは、
若い人にとって悪くない。

循環同心円構造で描かれた夢の集大成
澁澤氏が先に執筆したエッセイ中の思索を、薬子の乱を主因として天竺を目指す事になった高丘親王一行の幻想的航海記に託して描いた集大成的物語。最低限の史実を除き、リアリズムは排し、奇想と非論理(無意味)から生じる笑いを主題としているようである。

一番感じるのは、「私のプリニウス」、「胡桃の中の世界」の影響である。薬子の"卵"生願望、高丘親王の重層"円"的思考法、人語を操る動物を初めとする珍奇な動植物、アンチボデスの概念(プリニウスは裏側の人間は何故落ちないのか疑問を呈している)、球・円形オブジェへの拘り、種々の蛮族、「鳥=女神」論、全てエッセイ中で語られている。また、一行中の円覚を「日本人離れしたエンサイクロペディックな学識」を持つと評しているが、これは作者の自評だろう。大蟻食いのエピソードが示す、真と偽に代表される弁証法的二元論も澁澤ファンには御馴染み。この物語の時制を整理すると次のようだろう。

(1) 薬子、空海が登場する、高丘親王の幼年・青年時代(過去)
(2) 旅行中の現在
(3)の中で見る夢の世界
(4) マルコ・ポーロ等の名が出る未来

(3)の中に(1)が現われ、(1)で(2)を予見し、(2)で(4)を予言すると言う、まさに玉葱の皮状態の循環同心円構造。秋丸・春丸、ジュゴンの転生にも輪廻思想が現われている。鏡の写像で生死を気にする姿は、"洞窟の影"の暗喩か。本作全体が高丘親王の"影(夢)"のようである。結末もファンタジックで集大成(遺作)に相応しい内容と言えよう。

澁澤先生最高傑作小説
澁澤先生、今生きてらしたらパイプどころかタバコも吸えない嫌な世の中でさぞ御憤慨だったでしょう。この最後で最高の小説、もちろん単行本出た時すぐ買わせて頂きましたが別れた女が返してくれず文庫買い久々に再読させて頂きました。泣けます。評論も何冊か再読致しましたが若い時先生の本読みまくったおかげか先生と基本的に同じ価値観の自分を誇りに思います。政府は金ばらまくならこの小説を全国民に送るべきです。そうすれば禁煙ファッショなどが、いかに愚かか自ずと分るのに…。それではまた。

高丘親王航海記
渋澤 龍彦

二つ折り財布
タグ:渋澤 龍彦
posted by nana at 18:28 | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はたを織る鶴のように

深すぎる!
まえがきを除いて、1ページ読んだときには完全に引き込まれました。
これは冗談でも、誇大表現でもありません。全くの事実です。
主人公の言葉をうまく伝えられないという、いきなり示された哀しみに
しみじみとしたものを感じました。
内容は短編集みたいなものだったのですが、
一話一話に深い味わいがあります。
主人公の心理描写はしっかりとしていましたし、
周囲の人物たちの哀しみやもどかしさなども、読んでいて共感できました。
著者の力量が、認められます。

今でも
もう大学生になる私ですが、小さい頃から吃音に悩まされてきました。私の妹も吃音でした。言いたいけど言葉が出ない。私はカ行に弱いのでカッパという時はッパと言っていました。今でも吃音はなかなか消えてくれません。本文中に書かれている表現が、あたしと重なって、自然と涙が出ました。なんていうか、あたしの心をそのまま写し出すような本です。出会えてよかった。

はたを織る鶴のように
重松作品には泣かされる。
くるぞとわかっていても、あっさり泣かされる。
パターンだとの声もあるが、手にとりたい人はとるだろう。
ぐっとくる瞬間、こみあげる瞬間、作中人物に共振する瞬間を求めて
本を手にとる人は多い。そしてこの作家は大抵裏切らない。

これは吃音の少年の成長過程を追う作品群。
どれもさすがにリアルだ。
後半、タ行が、カ行がと、繰り返される表現に飽きても、
クライマックスにくると涙がこらえられなくなる。

蛇足だが、重松の、読み手の涙腺を刺激したり
励ましたりする手法は職人の域に達している。
しかし泣ける作品を量産する重松自身は摩滅しないのか。
自らの羽根ではたを織る鶴のように。
ふと心配になる。
きよしこ
重松 清

セリーヌ バッグ
posted by nana at 12:14 | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日常生活に潜むプチ・ホラー

無残な…
なんと無残で侘しい、ゴミのような人生。何か好転はあるのかと歯を食いしばって読んだが、最後まで読めなかった。
たいていの本はどんなにつまらなくても礼儀上100ページまではつきあうのだが、これはダメだった。

文学を楽しく味わえる一冊
最初に読後の感想を述べると「おもしろい」、実におもしろかった。
著者が一貫して書き続ける、所在無き人の漂流記がここにきて完成を見た、といっても言い過ぎではなくらいにおもしろい。
台詞のひとつひとつや滑稽な行動、どれをとっても洗練された現代的文学作品であり、魅力的だ。
自分の部屋(必ずアパート)を飛び出して、路地で寝泊りしたり、人の家に転がり込んだりする彼女の作品を、勝手にわたしは「ダンボールハウス文学」と呼んでいる。
その呼び方は、ピースがピタリと当てはまる場所が1箇所しかないパズルと同じように、自分のあるべき場所を求めてさすらう主人公の有様に敬愛を込めているつもりなのだが。
主人公だけでなくわたしたちも、そんな場所はないのかもしれないとどこかで思いつつ、探し続ける一人の漂流者かもしれない。
そして、それを忙しさに任せて、一時でも忘れるように努力し、考えるのを故意に避けているのか。彼女の作品に共感が持てるのは、そこにあると思える。

日常生活に潜むプチ・ホラー
高校時代の同級生で「はじめて一緒に眠ったあかの他人」の吉本が、木造アパート・菊葉荘にぞっこん惚れ込む。住人を追い出し吉本を引っ越しさせるため、ニセ学生になりすました「わたし」は5号室に住む二流私大生の蓼科に近づく。胡散臭くていかがわしい住人たち。祭壇とともに暮らす1号室のP、姿の見えない2号室の住人、「ふじこちゃん」に恋する3号室の小松、女の出入りがたえない4号室の中年男、フリルまみれの服を着た6号室の四十女。吉本と「わたし」の関係だって奇妙だし、蓼科をとりまく学生たちもどこかズレている。そもそも「わたし」の言動にしてからが歪であやしげ。「だれがいて、だれがいないのかまったくわからない。…区分けされた小さな空間で、それぞれの奇妙な生活をくりかえしているのかもしれない。わたしたちが自分の部屋に追い出されて、こうして影みたいにうろついているように。」──セックスを性交と即物的に表現する「わたし」の希薄なリアリティ感覚が、しだいに日常生活に潜むプチ・ホラーをあぶりだしていく。不思議な味わいのある作品。

菊葉荘の幽霊たち
角田 光代

ランコム
タグ:角田 光代
posted by nana at 01:10 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公務員も大変


前から読んでみたかったんだけど、なかなか読む機会のなかった本。県庁ではないけど自治体に勤めている身としては気になる一冊だった。

役人根性丸出しの県庁職員がスーパーに一年間派遣されて、そこで客商売、サービスというものを学んで県庁に帰っていくという話。

織田裕二と柴咲コウが主演して、映画化もされたけど、小説では柴咲コウらしき登場人物は出てこない。

まぁ、今時あんな公務員はいないだろう。役所は確かに、民間に比べればすごく楽だし、職員もみんながみんなやる気のない者ばかりではないけど、どうしようもないのもいる。でもそれって民間にもいるのでは?

どんな組織でもそういうもんだと思うんだけど...

県庁の星にもなれない自分が言っても説得力はないか。

人はちょっとしたきっかけで変わることができる
映画「県庁の星」を見た人が読むとちょっと「あれ?」って思うかも知れません。
初めて読む人は、頭は良いけど、マニュアルどおりしかできない主人公「野村」のことを理解してあげられるかがこの本の評価を大きく分けるところでしょう。

この本のよいところは、人はちょっとしたきっかけと思いやりややさしさで変わってゆけるというメッセージでしょう。他の方のレビューにもあるとおり、後半うまくいき過ぎですが、それはまあ横においておいても良い本だと思います。

主人公とパワーを分けあうパートのおばさん
野村聡。31歳。Y県庁初の一年間の民間人事交流研修対象者6名の一人に選ばれた期待のホープだ。命じられた民間企業は…県内地方都市のスーパー?えらくマイナーな感じがした。だがそのイヤな予感は現実のものとなる。 

そこで彼は‘県庁さん’と呼ばれ、「民間」と「役人」とのギャップに浮きまくり。「書類」「数字」がすべて、と認識していた彼だが、ベテランパートの二宮泰子をはじめ、店員たちと“衝突”、そして“指導”され、いつしか「人間」を意識するようになる。そして次第に自分の「居場所」を見つけ、不振のスーパーを立て直してゆく。まさに“役人意識構造改革ストーリー”である。

私はもっと軽い内容の本かと思っていたが、意外にシリアスで真面目かつ現実的な物語だった。

‘県庁さん’こと野村の視点と、パートの二宮の視点が交互に交錯してストーリーが進んでゆくが、特に私には、スーパーを実質的に仕切っていて‘裏店長’とさえ言われる二宮の「公」のシーン---野村とのやりとりや職場内でのさまざまな苦労---と、「私」生活のシーン---息子・学や別れた夫との関わり、俳句の会での出来事---のなかで語る彼女の言葉の一つ一つが味わい深く、印象に残った。野村よりも、むしろ彼女のほうが主役のような気さえした。

彼女の存在が、本書を単なるコメディータッチの軽い役人エンターテインメントで終わらせていない理由と言っても過言ではないだろう。

県庁の星
桂 望実

キャロウェイ
タグ:桂望実
posted by nana at 20:01 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テーマが前作よりも濃い

前作に続き、読みました。
3つの章があり、1つ目は著者が生まれる前か幼い頃くらいを時代背景とする創作(小説)。恐らくはお金絡みで悪事を働いても、その後の挽回で生活も心も裕福になれるというテーマがあるように思える。つまり、今からでも遅くはないから、心を入れ替えて、行動しましょう!ということが言いたいのでは無いだろうか?

2つ目は前作に収録しきれなかった話を載せたとのこと。現代の地球の姿を例としてのプレアデス人の言葉がある。真偽はともかく。テーマはやはり貨幣経済からの脱却だろう。

3つ目は創作(小説)。貨幣経済からの脱却の一つのミラクルな方法が小説として描かれている。

うーん。どうなんでしょう。貨幣経済からの脱却というテーマが前作よりも濃いです。
貨幣経済云々は、終着点は僕の考えと似ているかも知れないですが、確かに心のありようについての促しに欠けています。心のあり方については書かれているとは思いますが、「促す」ところまでは至ってません。
3つ目の創作(小説)での貨幣経済からの脱却のアプローチの仕方が強引というか、無理がある。こういう奇跡が起こって欲しいとは思うが、現実離れしている。
脱却が先か、意識向上が先かというのがポイントだろう。
著者は脱却が先だと考えているようだ。それが人々の意識向上を促す。確かに一理はあるが、脱却が先というのは3つ目の創作(小説)に違和感を覚えるように困難だろう。
やはり一人一人の意識向上が先にあって、その後、貨幣経済からの脱却があるのでは?と思いますね。

そんな悠長なことを言ってる暇はないのだ!ということなのかな?
貨幣経済がベースにあるために「誰もが平等で平和に暮らせる社会」が実現できないでいるのは分かります。著者の思いは伝わってきますし、僕は好感も持ってます。でも、心のあり方を促す部分ももっと書いて欲しかったと思います。

自分としては面白かったですけどね。心のあり方は人生や他の本からも学べますし。

古くて新しい地球人の書いた本です。
人類に対する貨幣終了を強行に主張する著者に疑問を持ちお手紙を差し上げたところ著者からすぐに連絡がありました。いろいろと著者本人とお話が出来ました。

個人的に前著の疑問を持ったところ、新刊で疑問に思う部分を全て実直にお答え頂き、この本に書いてあることは事実だと確信するに至りました。

本には到底書けない程の懸念をプレアデスの人達がもっているかを、具体的に実例を挙げて著者本人からお聞きしました。

村で狐に化かされた時の状況、そして本に登場するインテリ婆さんがある国際的な日本人の方がモデルである事などを聞いて衝撃を受けました。著者の方は実名を明かしませんでしたが

直感的できた人物を挙げたところ正解でしたが、メディアにマインドコントロールされている方々には信じがたい人物でしょう。

特にプレアデスの方達が何故貨幣経済への警鐘を鳴らし続けるか、プレアデスが遙か昔の貨幣経済でいかに失敗を重ねたかをお聞きし、著者本人が世間からいかに嘲笑されようと

宇宙太子との約束を必ず果たしたい事をうったえていました。

古い地球人云々ではなくて謙虚にプレアデスの方の警鐘を聞き入れたいと思います。

お金も使い方次第ですが使い方を知らないから人類はここまで追い込まれたのでしょう。

内容を閲覧してから購入すべき本だと思います
宇宙太子との遭遇エピソードは前著「プレアデス星訪問記」のダイジェスト版が中ほどに収録されており、前後は創作物語となっています。

いずれも著者の政治的・社会的信条を宇宙人や登場人物の口を借りて主張しているようなもので、とにかく貨幣制度の廃止を強力に主張し、富の平等分配を唱えていますが、「他者への愛」「奉仕」と何度も訴えるわりには、ほとんど伝わってきませんでした。それはおそらく、貨幣制度廃止を実現するための方便(武器)として「愛」や「奉仕」といった概念を使っているような険しさを感じたからかもしれません。

また、自分の言うことを馬鹿にする人に対しての怒りのようなものも感じ、どうしても著者から愛深さや謙虚さというものを感じられませんでした。

お金が社会を悪くしているのは事実かもしれませんが、制度よりも心のほうが大切ではないかと思いました。制度だけを変えることをあまりにも強く主張する姿勢には強い違和感も感じました。政治色が強すぎるのが良くないとは言いませんが、偏っているような妙な感じを受けました。

肝心の宇宙太子との遭遇が事実かどうかは、私個人の印象ではまったく信じられませんでした。いかにも地球の(日本の)一個人が自己の主張を述べているようにしか感じられませんでした。
貨幣制度の廃止を強硬に訴える意固地な人の思想書という感じでした。

宇宙太子との遭遇―上平剛史作品集
上平 剛史

加湿器
タグ:上平 剛史
posted by nana at 17:28 | 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恋愛の在り方を考えさせられる一冊

強迫小説の秀作
「強迫」とは、広辞苑の3番目の定義によれば「〔医〕つまらない考えや感情などが頭にこびりついて、抑えようとしても不可能な症状」(第五版より)のことをいう。金原ひとみはこれまでにも優れた強迫小説を書いてきたが、本作品も男女3人の視点から「強迫」が丁寧に書き込まれている。最後のゲームのシーンでは、感情をなくし、存在が消え去っていく感覚こそが、強迫の向こうにある究極の願望であることが象徴的に描かれている。幻影、宙吊り、そして消滅願望。金原ひとみの不安を追いかけ続ける強迫小説は、逆説的だが、そこに安らぎが感じられる。

文章的には読みやすいが
今までの作品と比べると、比較的読みやすい(理解しやすい)作品だと思いました。
でも個人的には、いつもの独特な言い回しや文章で魅せて欲しかった。

内容にもう少し刺激が欲しかったのと、
読み終わった後に物足りなさが残ったので星3つにしました。

恋愛の覚悟。
喪失への恐怖が物語の主軸を成している一種の恋愛小説。
バイセクシュアルな彼を間に三角関係に陥った二人、
「私」と「僕」、そして「私の元彼、「俺」。
3者それぞれの視点で語られた短編集です。

相手の存在を通してしか、確認できない自分のアイデンティティー。
喉から手がでるほど相手を欲しているのに、
それが手に入らない時のもどかしさと激しい憎悪。
そして、実際に手にした時に、新たに発生する喪失への恐怖。
なんとも悲愴感漂う話。もどかしさも感じてしまう。

恋愛の在り方を考えさせられる一冊でした。
でも金原ひとみファンとしては、もう一歩踏み込んだ作品にまで
して欲しかったなあ、と思ったのでした。

星へ落ちる
金原 ひとみ

子供服
posted by nana at 18:20 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気持ちそのまま

死の床で書き上げた作品らしい結び
「東京サーガ」の完結巻と言うことでしょう。
作者が死の床で書き上げた作品らしい結びになっているように思います。
特に、最終話「ムーン・リヴァー」で森田透に語らせている台詞の一つ一つが、作者の想いのたけの様な気さえします。
その証拠に、「生死一如」と言う言葉が出てきます。

ストーリー自体は「東京サーガ」らしい展開なのですが、島津が胃ガンの闘病生活に倒れ、透がそれを看病すると言うことになります。
その前に二人の壮絶な愛欲の場面があり、透が良と島津への愛の違いを確認すると言うことになります。
それに島津の死があり、透が何か悟りの様なものを得ると言う終わり方です。

本当に作者の気持ちそのままの作品になっていると思います。

光は、見えそうでありますが…
最後のTOKYO SAGAシリーズ本編(?)かと思います。
「朝日のあたる家」の直後のお話かと思いますが…。

壮絶でありました。
どの方もが楽しめる話ではないとは思います。
(「朝日のあたる…」を読みおえた直後に
この本を目にしていたら
とても読めなかったかもしれません…)

島津さんが私が思っていた以上に大人でなかったと言うか
子供だった…と言うか…
良から透をとりあげてかえすのには…
この方法しかなかったような気もします。

光は見えそうではありますが…
私には…
ただ、ただ…つらいでした…。
ムーン・リヴァー
栗本 薫

マークバイマークジェイコブス
タグ:栗本 薫
posted by nana at 14:02 | 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いいヒントをきっと見つけることができる

この本に出会ったことに感謝します
末期がん病棟で看護師として働くわたしが、自分の看取りの看護に対して自信がなくなった時に出会った本です。

重い題材ですが、短編集であることとストーリー性が抜群なことで無理なく一気に最後まで読むことができました。
実際の現場も、作品中のご家族と同様に「死化粧」(洗髪や体拭き、足浴や手浴も一緒に行ったりします)をご家族と看護師が一緒に行うことができます。ご家族も参加する中で、今までまじまじと見たこともなかった亡くなった方の手や足、顔のしわなどをまだ温かい時に見たり触れたりすることになり、こういった最後の触れ合いが残された人の傷心のケアにつながることをこの本は忠実に描いていると思います。

この本をきっかけに死化粧(エンゼルメイク)とご家族の傷心のケアについて学びを深め、以前より患者さんの死と、その悲しみに立ち尽くすご家族に真正面から向き合えるようになれました。
医療関係者はもちろん、沢山の人に読んでいただきたいです。
大切な誰かがもしもの時に最後の思い出がつくれますように・・・


エンゼルメイクと父
私の偉大なる父が亡くなった時、看護師さんがエンゼルメイクをほどこした後のその顔は驚くべきものであった。まさに美の骨頂であった。仏様の顔とは、ああなんだと大感激したものである。

本書はいくつかのストーリーを通じて、その家族・人間模様を描いている。

読者も来るべき時に備えて、是非とも、本書を読んで準備していただきたい。

家族の目線から
今核家族化しているなかで、死とはどういうものなのか捉え難い時代になっているとおもいます。この本は家族が大事な人の死に直面した場合の心の変動・看護師の対応によって良い見取りが行われた事例を紹介した本です。今まであの時どう対応すればよかったのか・・・疑問に思いながら仕事を続けるのではなく自分の看護を振り返る機会の一つとして読んでみてはどうでしょうか?いいヒントをきっと見つけることができるとおもいますよ☆

死化粧(エンゼルメイク) 最期の看取り (宝島社文庫)
小林光恵

ジミーチュウ
タグ:小林光恵
posted by nana at 21:14 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

逃避行

恋愛を突き抜けている
遅ればせながら最近この本を読みました。
小池作品を読み出したのもつい最近で、
「恋」「望みは何と訊かれたら」に続いてこれが三作品目です。

この二人は男女なので恋愛の形を取っていますが、
恋愛を突き抜けた互いを思う純粋さを感じました。

きっとこの二人なら、親子や同性の友人としてめぐり合っても
互いに深く相手を思い真摯な関係を築いたのだろうな、と思います。

男女だからセックスもするけれど、
それは相手を思うあまりの表現のひとつ、といった感じで、
逆に肉欲とは反対のさらさらの乾いた印象を受けました。

社会的にも安定した地位があり、恵まれた環境にいるのに、
そういった相手に出会ってしまったからここまで行き着いた。
家族も周囲も自分もずたずたにせざるを得なかった。

正臣が、二人が若い頃に出会っていたら何事もなく結婚できて…と
思いをめぐらせるシーンがあるけれど、
40代のさまざまな経験を経た二人だったからこそ、
ダブル不倫以上の意味がある関係に行き着けたんじゃないかと感じました。

そういった意味では非常に大人向けの小説だと思いました。

少し物足りなかったです!
一番好きな作家、小池真理子さんの長編小説

購入したものの、かなりの長編故ずっと手元に置きつつ、やっと読破出来ました。

内容は一言で言ってしまえばW不倫
女優・高木志摩子(48)と、作家・奥平正臣(43)それぞれに家庭を持ちながら、終わりにする事が出来ない愛の物語。

読み進めながら頭の中では渡辺淳一氏の失楽園が浮かんでは消え…

小池真理子ならではの文体の美しさや何とも言えない表現が随所に散りばめられているのですが何故か面白みがない…ともすれば途中で飽きてしまいそうになりながらラストまで行きました。

以前の様な心が揺さぶられる感やインパクトのなさがその原因なのかな…

それでもきっとこれからも小池作品は買ってしまうんだろうな。

これぞ小池真理子!
一言で「不倫」と言えばあまりに空しい。愛を貫くといえばきれいごと過ぎる。
家庭を持った40代の男女が何も見えなくなるほど、いや、冷静に見えてはいるが、愛してしまったお互いの存在が大きすぎて、結果的に何も見えていない状況と変わらなくなる。
愛する気持ちに年齢はあまり関係ないかもしれないが、社会的に評価されている大人でも、人を愛する気持ちは変わらず、多くの常識や理性を兼ね備えていても、それらを全て捨て去るほどの恋愛を描きたかったのだと思う。
しかし、どんな恋愛でも結果は予想される2つ。別れるか別れないか。
社会に背を向け、多くの非難と中傷を受け、家族を苦しみの底に追いやり、決して安らぎの場所はない。
逃避行としてつかの間2人だけで過ごす中国大陸の自然の雄大さと、ゆっくり流れる時間が現実を忘れさせる。
しかし、決して生きている以上、現実から逃れることはできない。
男と女は予想外の展開には発展しないけれど、作品としては完成された作品。
長編であるが一気に読ませてくれる。大人の男と女を描かせたら小池真理子はさすがとしか言いようがない。

虹の彼方 (集英社文庫)
小池 真理子

マニキュア
posted by nana at 17:35 | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ツーリングに行きたくなる

おとなの「バイク好き」におすすめ
相克の森から流れて、こんなバイクものも著作にあると知って一気によみました。
短編ながらもそのすべてがつながっている凝ったつくりで、ちょっと凝りすぎの感じも
ありますが、読み終わるとバイク洗車後のように、すっきりした気分です。

おとなのバイクのりにお勧め。

バイクに乗りたくなった
かなり好きな作家のひとり。
ただ、今回の作品は、バイクをテーマにした連作集ということで、ちょっと違和感があったんだけど、読んでみると、やっぱり面白い。

一連の短編は登場人物が重なり、連作となっている。人の人生がバイクでつながるという、面白い構成の小説だ。

自分の死んだ父親もバイクに乗っていて、小さい頃はよく乗せてもらっていたが、高校生になってバイクに乗りたいって言ったら反対された。まさにこの小説の設定と同じ。親父が最後に乗っていたのは、ヤマハのSRだったが、それも出て来て、親父を思い出させて、ちょっと泣けてきた。
自分もバイクの免許を取りたくなった。

ツーリングに行きたくなる小説
名車とそれを取り巻くライダーをテーマにした連作小説です。連作としてだけでなく、短編小説としても十分に楽しめる小説です。
ツーリングと言えば、北海道ははずせないと言うわけではないだろうけど、北海道が関係した短編も結構あって北海道好きな私はさらに楽しめた。
あ?、北海道行きたいなw
それと、女性陣(特に真帆ちゃん、三嶋淳子さん)が魅力的だ。

虹色にランドスケープ (文春文庫)


エミリオプッチ
タグ:熊谷 達也
posted by nana at 19:54 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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