日常生活に潜むプチ・ホラー

無残な…
なんと無残で侘しい、ゴミのような人生。何か好転はあるのかと歯を食いしばって読んだが、最後まで読めなかった。
たいていの本はどんなにつまらなくても礼儀上100ページまではつきあうのだが、これはダメだった。

文学を楽しく味わえる一冊
最初に読後の感想を述べると「おもしろい」、実におもしろかった。
著者が一貫して書き続ける、所在無き人の漂流記がここにきて完成を見た、といっても言い過ぎではなくらいにおもしろい。
台詞のひとつひとつや滑稽な行動、どれをとっても洗練された現代的文学作品であり、魅力的だ。
自分の部屋(必ずアパート)を飛び出して、路地で寝泊りしたり、人の家に転がり込んだりする彼女の作品を、勝手にわたしは「ダンボールハウス文学」と呼んでいる。
その呼び方は、ピースがピタリと当てはまる場所が1箇所しかないパズルと同じように、自分のあるべき場所を求めてさすらう主人公の有様に敬愛を込めているつもりなのだが。
主人公だけでなくわたしたちも、そんな場所はないのかもしれないとどこかで思いつつ、探し続ける一人の漂流者かもしれない。
そして、それを忙しさに任せて、一時でも忘れるように努力し、考えるのを故意に避けているのか。彼女の作品に共感が持てるのは、そこにあると思える。

日常生活に潜むプチ・ホラー
高校時代の同級生で「はじめて一緒に眠ったあかの他人」の吉本が、木造アパート・菊葉荘にぞっこん惚れ込む。住人を追い出し吉本を引っ越しさせるため、ニセ学生になりすました「わたし」は5号室に住む二流私大生の蓼科に近づく。胡散臭くていかがわしい住人たち。祭壇とともに暮らす1号室のP、姿の見えない2号室の住人、「ふじこちゃん」に恋する3号室の小松、女の出入りがたえない4号室の中年男、フリルまみれの服を着た6号室の四十女。吉本と「わたし」の関係だって奇妙だし、蓼科をとりまく学生たちもどこかズレている。そもそも「わたし」の言動にしてからが歪であやしげ。「だれがいて、だれがいないのかまったくわからない。…区分けされた小さな空間で、それぞれの奇妙な生活をくりかえしているのかもしれない。わたしたちが自分の部屋に追い出されて、こうして影みたいにうろついているように。」──セックスを性交と即物的に表現する「わたし」の希薄なリアリティ感覚が、しだいに日常生活に潜むプチ・ホラーをあぶりだしていく。不思議な味わいのある作品。

菊葉荘の幽霊たち
角田 光代

ランコム
タグ:角田 光代
posted by nana at 01:10 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公務員も大変


前から読んでみたかったんだけど、なかなか読む機会のなかった本。県庁ではないけど自治体に勤めている身としては気になる一冊だった。

役人根性丸出しの県庁職員がスーパーに一年間派遣されて、そこで客商売、サービスというものを学んで県庁に帰っていくという話。

織田裕二と柴咲コウが主演して、映画化もされたけど、小説では柴咲コウらしき登場人物は出てこない。

まぁ、今時あんな公務員はいないだろう。役所は確かに、民間に比べればすごく楽だし、職員もみんながみんなやる気のない者ばかりではないけど、どうしようもないのもいる。でもそれって民間にもいるのでは?

どんな組織でもそういうもんだと思うんだけど...

県庁の星にもなれない自分が言っても説得力はないか。

人はちょっとしたきっかけで変わることができる
映画「県庁の星」を見た人が読むとちょっと「あれ?」って思うかも知れません。
初めて読む人は、頭は良いけど、マニュアルどおりしかできない主人公「野村」のことを理解してあげられるかがこの本の評価を大きく分けるところでしょう。

この本のよいところは、人はちょっとしたきっかけと思いやりややさしさで変わってゆけるというメッセージでしょう。他の方のレビューにもあるとおり、後半うまくいき過ぎですが、それはまあ横においておいても良い本だと思います。

主人公とパワーを分けあうパートのおばさん
野村聡。31歳。Y県庁初の一年間の民間人事交流研修対象者6名の一人に選ばれた期待のホープだ。命じられた民間企業は…県内地方都市のスーパー?えらくマイナーな感じがした。だがそのイヤな予感は現実のものとなる。 

そこで彼は‘県庁さん’と呼ばれ、「民間」と「役人」とのギャップに浮きまくり。「書類」「数字」がすべて、と認識していた彼だが、ベテランパートの二宮泰子をはじめ、店員たちと“衝突”、そして“指導”され、いつしか「人間」を意識するようになる。そして次第に自分の「居場所」を見つけ、不振のスーパーを立て直してゆく。まさに“役人意識構造改革ストーリー”である。

私はもっと軽い内容の本かと思っていたが、意外にシリアスで真面目かつ現実的な物語だった。

‘県庁さん’こと野村の視点と、パートの二宮の視点が交互に交錯してストーリーが進んでゆくが、特に私には、スーパーを実質的に仕切っていて‘裏店長’とさえ言われる二宮の「公」のシーン---野村とのやりとりや職場内でのさまざまな苦労---と、「私」生活のシーン---息子・学や別れた夫との関わり、俳句の会での出来事---のなかで語る彼女の言葉の一つ一つが味わい深く、印象に残った。野村よりも、むしろ彼女のほうが主役のような気さえした。

彼女の存在が、本書を単なるコメディータッチの軽い役人エンターテインメントで終わらせていない理由と言っても過言ではないだろう。

県庁の星
桂 望実

キャロウェイ
タグ:桂望実
posted by nana at 20:01 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恋愛の在り方を考えさせられる一冊

強迫小説の秀作
「強迫」とは、広辞苑の3番目の定義によれば「〔医〕つまらない考えや感情などが頭にこびりついて、抑えようとしても不可能な症状」(第五版より)のことをいう。金原ひとみはこれまでにも優れた強迫小説を書いてきたが、本作品も男女3人の視点から「強迫」が丁寧に書き込まれている。最後のゲームのシーンでは、感情をなくし、存在が消え去っていく感覚こそが、強迫の向こうにある究極の願望であることが象徴的に描かれている。幻影、宙吊り、そして消滅願望。金原ひとみの不安を追いかけ続ける強迫小説は、逆説的だが、そこに安らぎが感じられる。

文章的には読みやすいが
今までの作品と比べると、比較的読みやすい(理解しやすい)作品だと思いました。
でも個人的には、いつもの独特な言い回しや文章で魅せて欲しかった。

内容にもう少し刺激が欲しかったのと、
読み終わった後に物足りなさが残ったので星3つにしました。

恋愛の覚悟。
喪失への恐怖が物語の主軸を成している一種の恋愛小説。
バイセクシュアルな彼を間に三角関係に陥った二人、
「私」と「僕」、そして「私の元彼、「俺」。
3者それぞれの視点で語られた短編集です。

相手の存在を通してしか、確認できない自分のアイデンティティー。
喉から手がでるほど相手を欲しているのに、
それが手に入らない時のもどかしさと激しい憎悪。
そして、実際に手にした時に、新たに発生する喪失への恐怖。
なんとも悲愴感漂う話。もどかしさも感じてしまう。

恋愛の在り方を考えさせられる一冊でした。
でも金原ひとみファンとしては、もう一歩踏み込んだ作品にまで
して欲しかったなあ、と思ったのでした。

星へ落ちる
金原 ひとみ

子供服
posted by nana at 18:20 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いいヒントをきっと見つけることができる

この本に出会ったことに感謝します
末期がん病棟で看護師として働くわたしが、自分の看取りの看護に対して自信がなくなった時に出会った本です。

重い題材ですが、短編集であることとストーリー性が抜群なことで無理なく一気に最後まで読むことができました。
実際の現場も、作品中のご家族と同様に「死化粧」(洗髪や体拭き、足浴や手浴も一緒に行ったりします)をご家族と看護師が一緒に行うことができます。ご家族も参加する中で、今までまじまじと見たこともなかった亡くなった方の手や足、顔のしわなどをまだ温かい時に見たり触れたりすることになり、こういった最後の触れ合いが残された人の傷心のケアにつながることをこの本は忠実に描いていると思います。

この本をきっかけに死化粧(エンゼルメイク)とご家族の傷心のケアについて学びを深め、以前より患者さんの死と、その悲しみに立ち尽くすご家族に真正面から向き合えるようになれました。
医療関係者はもちろん、沢山の人に読んでいただきたいです。
大切な誰かがもしもの時に最後の思い出がつくれますように・・・


エンゼルメイクと父
私の偉大なる父が亡くなった時、看護師さんがエンゼルメイクをほどこした後のその顔は驚くべきものであった。まさに美の骨頂であった。仏様の顔とは、ああなんだと大感激したものである。

本書はいくつかのストーリーを通じて、その家族・人間模様を描いている。

読者も来るべき時に備えて、是非とも、本書を読んで準備していただきたい。

家族の目線から
今核家族化しているなかで、死とはどういうものなのか捉え難い時代になっているとおもいます。この本は家族が大事な人の死に直面した場合の心の変動・看護師の対応によって良い見取りが行われた事例を紹介した本です。今まであの時どう対応すればよかったのか・・・疑問に思いながら仕事を続けるのではなく自分の看護を振り返る機会の一つとして読んでみてはどうでしょうか?いいヒントをきっと見つけることができるとおもいますよ☆

死化粧(エンゼルメイク) 最期の看取り (宝島社文庫)
小林光恵

ジミーチュウ
タグ:小林光恵
posted by nana at 21:14 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ツーリングに行きたくなる

おとなの「バイク好き」におすすめ
相克の森から流れて、こんなバイクものも著作にあると知って一気によみました。
短編ながらもそのすべてがつながっている凝ったつくりで、ちょっと凝りすぎの感じも
ありますが、読み終わるとバイク洗車後のように、すっきりした気分です。

おとなのバイクのりにお勧め。

バイクに乗りたくなった
かなり好きな作家のひとり。
ただ、今回の作品は、バイクをテーマにした連作集ということで、ちょっと違和感があったんだけど、読んでみると、やっぱり面白い。

一連の短編は登場人物が重なり、連作となっている。人の人生がバイクでつながるという、面白い構成の小説だ。

自分の死んだ父親もバイクに乗っていて、小さい頃はよく乗せてもらっていたが、高校生になってバイクに乗りたいって言ったら反対された。まさにこの小説の設定と同じ。親父が最後に乗っていたのは、ヤマハのSRだったが、それも出て来て、親父を思い出させて、ちょっと泣けてきた。
自分もバイクの免許を取りたくなった。

ツーリングに行きたくなる小説
名車とそれを取り巻くライダーをテーマにした連作小説です。連作としてだけでなく、短編小説としても十分に楽しめる小説です。
ツーリングと言えば、北海道ははずせないと言うわけではないだろうけど、北海道が関係した短編も結構あって北海道好きな私はさらに楽しめた。
あ?、北海道行きたいなw
それと、女性陣(特に真帆ちゃん、三嶋淳子さん)が魅力的だ。

虹色にランドスケープ (文春文庫)


エミリオプッチ
タグ:熊谷 達也
posted by nana at 19:54 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不確定な未来と確固たる信念

リストラ請負会社に勤める主人公。人の運命を左右する立場にあり、どんなに恨まれ、なじられ、泣かれても、自らのスタンスを貫き通しやり遂げていく。 不確定な未来において生き抜いていくためには、確固たる信念に基づいて手を抜かずに取り組んでいくしかないのでしょう。

「でもね、やりたい仕事をやっているのなら、ある程度は我慢できると思うのよ。たとえ出世できなくても、きつい労働条件に置かれても、自分自身で納得できる部分はある。自分のやっていることに誇りみたいなものを持つことは出来るんじゃないかな」

もうひとつ深く探求することを期待する
人の人生を左右する仕事

そんな重いテーマとは裏腹に今風のノリでオムニバス形式で
どんどんと進んで行くあっというまに読めちゃう作品。
面白いけど、表層的。軽くて楽しいけど、印象に残りづらい。
ドラマ化するにはちょうどいい。

読むからには面白かった以外に何か残したいんです。
残った印象は、アジア料理と彼女の肢体なのは、ちょっと悲しい。

次作に期待。

でも読みやすいから次もよも。


主人公にホレます
20?30代を描いた男性作家の作品は、女性目線から見るとあまり魅力的でない男性主人公が多いのですが…。素直に好きですね、この主人公。
「リストラの肩たたき代行者」という設定そのものも興味深いのですが、恋愛ものとして楽しめました。というのもやはり仕事に取り組む主人公のプロフェッショナルな仕事ぶりに惹かれるからでしょう。
リストラ対象となる社員の仕事ぶり、職歴や性格、心理など細かに分析しながら業務を進めるわけですが、その調子で恋人の行動や心の動きの分析もするのだから細かい。とはいっても、陰湿な分析ではありませんよ。優しさに溢れています。
恋愛小説以上に女性の心を見てくれるこの主人公には、ホレます。

君たちに明日はない (新潮文庫)
垣根 涼介

ジューシークチュール
タグ:垣根 涼介
posted by nana at 20:43 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

否定から始まる世界

“匂い”を持った文章。
浮き世の底辺で生きる男と女の底なしの闇へと向かう恋ー。
映画を見た方、映画以上にハマるのではないでしょうか。
監督がこの原作に惚れ込むのも納得、雰囲気だけでない真の暗さを持った小説。
車谷さんは現代人の小説には珍しい“匂い”を持った文体の書き手だと思います。
冒頭の一文からぐっと引込まれます。

否定から始まる世界
どこにいってもよそ者だと感じてしまうが故、中途半端に適応するより、徹底して不適応者となることを選ぶ。作者のスタート地点は、強烈な「否定」の感情である。それをどこまでもひとりでやり遂げようとする。その姿勢にまず惹きつけられた。

浮浪者寸前まで自らを突き落とし、社会の底辺に蠢く人々の怨念を文学にまで昇華させる。言葉を生むということの過酷さを身を持って示し、その言葉は人を感動させ同時に叩きのめす。
道徳や正義というもののをあっけなく一刀両断し、 表層的な楽観主義を拒絶し、徹底的に絶望することでしか掴み得ない僅かな救いを這いずりながら探ろうとする。
生きるということに対しこれほどまでに真摯になってしまうと、その先にあるのはこのような苦悩であり、 そうであるからこそ、その傷跡である言葉は、誰の言葉も拒絶する者の心に届く力を持つ。

文庫表紙となっている蓮の花は、泥の中でこそ咲くことができる。
作者もまた、泥にまみれることでしか生きられぬ業を背負うことで、類稀なる美を垣間見させてくれる。
書くということの悪を自覚した上で、書くことの本質を突き付けてくる。

最後まで陰鬱な暗雲を感じさせるが、その根底に流れるものは、仏教的無常観であり、宗教的救いを求めてうろたえる一匹の虫けらであることを自覚した男のしぶとさである。

生きることにも死ぬことにも意味も救いもない、だからこそ書かざるを得ない、痛々しくも生々しいリアリティを感じる。


人生を捨てた男の再生の物語り
昔の尼崎辺りの猥雑で暴力的な雰囲気がよく出ていると思った。もちろん、今はそんなことありませんから誤解なきよう^^;
大衆文学というよりは私小説といった雰囲気で、なんだか身につまされる話。そこを抑えてきっちりと、しかも自己主張することなく描ききったのは作者の言葉に対する執念だろうか。読み終えていろいろなことを考えさせられた一冊でした。

赤目四十八瀧心中未遂
車谷長吉

イルビゾンテ
タグ:車谷長吉
posted by nana at 16:52 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ネパールのエベレスト街道へのトレッキング

自己発見
著者の岩本さんは流学を通して自分をどんどんさらけだし、自己の発見、現在の行動力の源を得ます。

自分の強い部分も、弱い部分もすべて知り、まさに悟りの境地と感じました。

私も自分のできる範囲で、世界を、現実を知る努力をし、自分を見つめ直そうと思います。

描写がもう少し詳細であれば、もっと楽しめる作品だと思いました。


旅は色々なことを教えてくれる。

一人旅、しかもそれが外国であればなおさらである。

旅が教えてくれるものは、その人の価値観、人生観、考え方などによって大いに異なるだろう。

しかし、旅をすることによって「何か」を学べるはずである。

そして、そういった「何か」は、たいてい普段生活している日常ではない場所に存在しているものだ。

同世代の作者が世界を流れ、もがき、苦しみ、泣き、笑い、学んだ全てがつまったこの本を読んで、自分の幸せとは何かについて考えさせられた。

果たしてこのままの自分でいいのだろうか。

「それなり」な人生で満足していないだろうか。

今の生活とはかけ離れた、もっと泥臭くて、もっと薄汚くて、でもとっても素直で人間味の溢れるところに、自分の求めるものがあるのではないだろうか。

私は、もうすぐ24歳になろうとしている。

この機会に、もう一度自分と真摯に向き合い、「何か」について熟考し、探求する必要があるのかもしれない。

21世紀の'On the Road'
〜12年前、私は36歳のときに初めて海外にでました。

ネパールのエベレスト街道へのトレッキングです。

爾来、毎年のようにバックパックを背をって個人旅行をしています。

P98に書かれている'We are the〜〜 one.'(われわれは「ひとつ/一体」だ、と訳すのでしょうか)、非常に大事な言葉だとおもいます。

P119に書かれている「ぽれぽれの時間」、私も時間のない国にいきたい!いつもそう願っています。

P159に書かれている「(僕は)人類の一員」です、はP98と同じ趣旨でしょうが、重要な言葉です。

P228に書かれている「ここで常に問われているのは<自分が〜〜ナニ人か>ではなく<自分がナニ者か>なんです」は私の心にビビッときました。

「あんた自身の話しをしてよ」とまわりのひとに言われる・・・、そうだよね、自分の話しができなければ意味がないよね。

いつまでも、何歳になっても、づっと旅を続けて、日本をふくめて世界中のいろいろなひとたちととことん話していたい自分でありたい、とこの本を読んであ〜〜らためてつよくおもいました。

流学日記岩本 悠

コーチ バッグ

タグ:岩本悠
posted by nana at 21:23 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音楽の趣味が広がった

お買い得
ピアノ講師をしています。

生徒用クリスマスプレゼントとして購入しました。

他の種類のこの手のCDも持っていますが、
演奏者が同じでレベルもいまいち、聴いていません。

こちらは、演奏者が一流で聴き応えもあります。

長い曲は抜粋になっていて否定する方もいらっしゃいますが、
気に入れば全曲入ったCDを購入すればいいし、
抜粋にすることでたくさんの曲が入っているので私は大賛成です。

私にとってほとんど聴いた事がある曲ですが、
例えばラモーのタンブラン(子供の曲集に入っている)など、
改めてプロの演奏で聴いて見直した曲もありました。

これからクラシックを聴いてみようと思われる方&初心者にとって
お買い得でとてもよいCDと思います。

聞いた事ある♪…がいっぱい
曲名は知らないけれど、どこかで聞いた、知っている!…という曲が満載。
クラシックには、まったくの素人です。


ピアノを習っている子供に、少しでも多くの曲に触れてほしくて買いました。


結果、子供も楽しんで聞き、私もリラックスタイムに流して聞けるCDでした。
”通”の方からすると、いろいろと不満点もあるのでしょうが
クラシックを少しでも身近に、と考える初心者の方ならば
小理屈抜きに、大変楽しめるCDです。
曲しか知らなかったけれど、作者やタイトルも、あらためて知る事が出来、勉強にもなります。


まずは慣れ親しみ、そしてその後に、次へのステップアップをすれば良いでしょう。
ちょっと退屈、難しい…と思われがちなクラシックの世界の裾野を広げるという意味でも
入りやすく、とても良いCDだと思います。
クラシックの扉を叩くチャンスは、誰にも公平にあるのです!

音楽の幅が広がりました

色々なオムニバスを聴いてみて、これが一番良いように思ったので購入しました。


とにかくCDのケースがとても使いやすいのが嬉しいです(ケースが気に入って他のベストも購入)。


曲ごとの音量の落差も少ないですし、音質はどれもきれいです。

知っているピアニストの名前が多いのも嬉しいです。


初めは「抜粋」という言葉が気になっていましたが、協奏曲などで他の楽器がメインの部分をカットしてあるようで、ピアノの音だけ聴いていたいときが多いので嬉しい配慮でした。


1曲1曲丁寧な解説の分厚い解説書も興味深いです。


私は今までショパンとモーツァルトにしか興味がなかったのですが、このCDを買ってから、色々な作曲家や演奏家が気になり始め、楽譜を買ったり、映画を見たりして楽しんでいます。


音楽の趣味が広がったと思います。
どこかで聴いたクラシック ピアノ・ベスト101
ヴェレッド(イレーナ)

ネイルケア
タグ:クラシック
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真実とは全く異なる歴史が作られる可能性がある

半端じゃない災厄の前夜
どのキャラクターも、前作に比べて奇矯さが薄れてきたと感じるのは、作者に変化があったのか、読み手である私が彼らに慣れただけなのか。

人間関係に特に変化があるわけではないが、物語の舞台は一層、戦争の予感が色濃くなる。

静かに、気づいたときには手遅れになりそうなほど速やかに、ひたひたと近づき、誰も逃れようのない大きな渦に、既に巻き込まれている空気。

この空気を、小説の外で感じることのほうが怖い。

はたして、戦争をあってはならぬ物語にとどめおけるのか。

考えると、作中の折口ならずとも暗澹となった。

なんとも不思議な世界観。。。


仕分け屋・木島平八郎、神隠し、人間避雷針・・・などなど、この作品には存在するはずのない人・モノが次々と出てくる。

それはどれもこの世にあってはならない。

しかし、一方で、津山30人殺しや優生政策といった実際に起こった事件・事実も話の中に出てくる。

これらも、本来ならこの世にあってはならない。

この作品を読んでいると、現実と空想の境界線が曖昧になってくる。

世界が「ぐにゃり」とねじまがった感覚に襲われるのである。

もともと現実・事実と、空想・妄想との間にはっきりとした境目などないのかもしれない。

全てが絡み合ったものが歴史となるのであろう。

しかし、しばしばそれらは権力者によって彼等の望むように書き換えられる。

真実とは全く異なる歴史が作られる可能性がある。

うまく説明できないが、その危さはとても魅力的だ。

誰も知る事のない人類の歴史が存在する・・・。

おそらく、その歴史は、この作品よりも「ぶっ飛んだ」内容なのだろう。

『木島日記』は、今までと違った視点を読者に与え、想像力をかきたてる作品である。

ちょっと変わった、一味違う小説を読みたい方は是非読んでいただきたい。

安心して読める面白さ。


”実際の歴史ではない”と書きながら、なんとも真実味を帯びた木島シリーズ第2弾。

津山30人殺しなどをモデルにし、日本という帝国が行おうとしていた事を淡々と書きながら、面白いです。

シリーズは全3作で終わる予定だとか。

木島日記 乞丐相 (角川文庫)大塚英志

チュニック
タグ:大塚英志
posted by nana at 13:59 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

完全を求めることの矛盾と焦燥

畜類
石原が畜類だと良く分かる作品。

読むと目が汚れる。

完全を求めることの矛盾と焦燥
「太陽の季節」の延長で有産階級の子弟が遊び回るような風俗的な作品が多い。

表題作はいま読んでもかなり凶悪な内容で、当時の風当たりは相当強かったことと思える。

狼藉をはたらくことを一種の特権のように捉えているガキの物語と言えるかもしれない。

まさに時代の寵児と言うところだ。

この作品集では「完全」であることを求めるのがテーマとなっているようだ。

これは著者の基本的な心情にも通じるのかもしれない。

しかし「完全な世界」など、生き続けているかぎり完成されないはずだ。

完結した人生だけに、完全な、すなわち閉じた世界が残される。

しかしそれを享受する自分はすでに存在しないのだから、完全であることを求めることには矛盾があると思う。

自分の人生を閉じる気もなかったけれど、完全であること以外は評価しない姿勢からは焦燥のようなものも感じられる。

限界があることは作家自身が気づいていたのかも知れない。

完全な遊戯 (新潮文庫)石原慎太郎

体脂肪計
タグ:石原慎太郎
posted by nana at 21:18 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

緻密な流れはすばらしかった

最新作『ピストルズ』への序章
阿部和重は表題作「グランド・フィナーレ」で芥川賞を受賞した。

出版当時、私は、主人公がロリコンであるという設定(意図的なものであるはずだが)にあまり興味がわかず、阿部のファンだから購入はしていたものの、ずっと「積ん読」にしてあった。

しかし、どこだったかに、この作品が阿部の最新長編『ピストルズ』のプロローグ的な役割を果たしているというようなことが書かれてあり、あわてて読み始めたのだった。

さて、この作品が芥川賞に値する作品かどうか、また阿部の最高傑作かどうかということは措いておいて、作品自体は決して他のレビュアーの方々が苦言を呈されているほど悪い作品ではないように私には思えた。

特に構成がしっかり練られており、後半の「フィナーレ的なもの」に向かう緻密な流れはすばらしかった。

また、結末はオープンエンドというか、なんともあいまいな終わり方をしているが、そういう手法を選んだことを私は「あり」だと思った。

蛇足だが、本書に収められている短篇「馬小屋の乙女」の英訳が数年前にアメリカで出版されているある雑誌に載ったことがある。

そのバックナンバーはもう品切れで手に入らないだろうが、私はその英訳版も非常に気に入っている。

吉本ばなななどを多く英訳しているMichael Emmerichという人が訳しているのだが、このクセの強い作品を饒舌な英語の文語体でうまく翻訳しており見事だと思った。

興味のある向きはどこかでご一読を。

受け入れがたい“性癖”‥そして浄化
冒頭からいきなりピンクのウサギと青い子グマが登場する。

『レモン風味のドロップみたいな味がする雨粒』など、表現は可愛らしいが、悉く・恰も・纏る・齎す‥などの難漢字を多様する文章。

そして主人公の“性癖”のおぞましさと気味悪さ。

あきらめずに読み進めていくと再生していく希望の光が見えてくる。

受け入れがたい“性癖”に焦点を当てながら、しっかりと彼を非難してくれるIという女性を登場させた点が救い。

作者は新人の時から小説を発表するたびに何かの賞を受賞しているがこの作品でMDMA(合成麻薬)をディティールとして持ってくるのはどうか?作者が服用していないことを望みます。

そしてあの“性癖”でないことも!芥川賞のありかた
芥川賞は作品におくられ直木賞は作家におくられるとか、芥川賞は可能性や才能におくられ直木賞は実績におくられるとか俗説は多くあるが、なぜ阿部和重の「グランドフィナーレ」が芥川賞だったのかと思う。

芥川賞は短編もしくは中篇小説におくられ、直木賞はどんなジャンルの小説をも対象になると区分した黒井千次さんの見解が一番正しいことをこの小説が証明した。

余談はさておき、本小説の評価であるが、ラストのあり方には大いに疑問をもつ。

もっと書いていただきたかった。

あとは読者の解釈に任せるにはあまりにも横着過ぎやしないか。

前半から中盤までのディティールの詰め方がうまいだけに残念に感じる。

それが阿部氏の特徴なのかもしれないが、私は物足りなさを感じる。

書ける能力がある作家だけに何故と思ってしまう。

グランド・フィナーレ阿部和重
タグ:阿部和重
posted by nana at 00:32 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新しく作品の振幅が広がった気がする一冊

かなり難解
著者の作品の長編の中でもかなり難解な一冊。

大きく3つの章で構成されており、第1章はどこともしれない湖のある村の神話的ないかにもいしいしんじさんらしい「ものがたり」。

水と共に生活している村人たちと、水に選ばれ眠る人と、水を語る人、不思議と確立された世界の中で事件が起こり、村人たちは村から離れていく。

第2章は現在の日本に生きるタクシー運転手を中心にストーリーが展開される。

月に1回浮き上がってくる青い水を放出し続ける。

第3章はアメリカ、キューバと日本の松本市をザッピングするように、水で繋がった世界を映像的に浮かびあがらせる。

出勤、退勤時の電車で小刻みに読み継いでいったが大失敗。

著者の他の作品と比べて、「水に浸る、浮かぶ」ような気持ちで漂わないとストーリーを追うことで精一杯になってしまう。

自宅で一気に最後まで読み続けるような環境を整えた方がよかったかもしれない。

水が繋いだ3つのストーリーを「感じる」ことができずに、もやもやとした気持ちを抱えてなんとなく「怖さ」を感じた作品でした。

幻想的だアーイエー
「みずうみ」をテーマにした三章節からなる物語。

一番幻想的な第一章は、水とともに生きる村人達を描いた作品だ。

文章の終わりにかけごえがつく冒険的な文体だエオー。

村で生まれた赤ん坊は、手足が動くようになるとみずうみへ落とされる。

すいすいと泳ぎはじめた子は村に残される。

沈んでしまった子は成人する頃になったら、村から出て行かなければならない。

そして、泳ぐでもなく沈むでもなく、水と溶け合うように眠りながら浮かんでいる子は、眠り小屋へとはこばれて、そのまま眠り続ける人になるのだ。

そして時が来て、眠れる人達に変化が起こることをまるで子守唄のように描きあげている。

第二章は、眠れる人のつながりであるタクシー運転手の話である。

月に一度、コポリ、コポリと体中からわきあがってくる水を放出しなければ日常生活を送れない。

第三章もそうだ。

眠れる人の末裔がここにも息づいている。

アメリカやキューバと松本でのそれぞれの物語が展開されていく。

松本のカラス城であったり、知っているところがでてくるとそれだけで嬉しい。

全体を通してのキーワードは、「コポリ、コポリ」「帳」「ジューイ」。

形にならない物へのオマージュ
第1章は定期的に溢れる水を湛える、幻想的なみずうみを中心とした、いしいしんじワールド。

白いこびとカバのようなやわらかな生き物ジューイ、記憶や風景や思いなど、様々な物を溢れる水に乗せて伝え拡げてゆく、湖畔のハンモックの中の深く眠れる語り部。

記憶の水先案内なのか、鯉守の家とそれを受け継ぐことになった少年。

目に見えないものや、流動的に一定の形を成さない記憶や思い、それらを象徴し司ってゆく事柄が描かれる。

第2章ではそれは現実に近いタクシー運転手の姿や日常を借りて、過去未来に緩やかに隅々まで巡っている帯のような時間の地下水脈を伝って、裏町の売春宿で溢れ出す。

僅かに揺れる薄地の帳が仕切っている沢山の思いも描かれる。

第3章に描かれるのは作家自身とその妻や友人達を想起させる人々。

作家やその周りの人々が現実に行動したり動いたりした場所、時間、起こった象徴的な出来事・それらの記憶、形にならない思い、その意識の中を様々な感情や記録を孕んでコポリコポリと溢れ出る水、出現するみずうみ。

第1章で現れていた様々な事柄や人々(或いはそれが託されていた役割)が一方向に収斂して思いを形作ってゆく。

それらの根底に意識されるのは、目に見えなかったり、形になっていなかったとしても、確実に存在していた事柄・物・人・現象、それに対する記憶、思いの肯定であり、畏敬の意識であり、オマージュだと思う。

今までの彼の作品世界をベースに、モチーフを現実世界にもリンクさせ、大きな共感と共に、新しく作品の振幅が広がった気がする一冊。

みずうみいしいしんじ

アイライナー
posted by nana at 20:46 | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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