そこはかとない幸福感をほんの少し手にした気分

知らずにほぐされる快感?川上マジック
私がたまたま読んだ順がそうなのか、ここのところの川上作品は夫婦モノが多い。
なので独身の私は読み始めて「またか…」と思ってしまいました。最後まで読みきれるのか?とも。
元カレの母親のサークルに誘われ、ユニークな人たちと集い、惑わされる主人公の様子にも少々苛立ちました。

私はもう川上作品を求めていない。

そんな苛立ちが、いつの間にか主人公の義妹や義母への苛立ちとリンクし、突発的な出来事で思い知らされる家族の存在、その中で相変わらず逡巡し、解き放ち、開き直り、やがてふりだし(日常)へ戻る…その時、私の心もほぐされていました。

知らないうちに私も仕事や、友人、家族…瑣末なことで迷い固まっていたのだと思います。

いつもと同じ、変わらぬ毎日を送る尊さをそっと教えられた日曜の午後。
心もほぐれ、そこはかとない幸福感をほんの少し手にした気分です。

実際に人と触れ合うということ
インターネット時代の今や、ケータイ小説やテレビのゴールデンのドラマでも
ネットでのつながりや出会いを取りあげたものが出てきた今だからこそ、
人と人が直に会って触れ合う大切さを教えてくれた作品です。
そこには「ちゃんと人と触れ合いましょう」なんてもちろん書かれてなく、
むしろ書かれてあるのは家族間や会社での面倒臭い人間関係ばかり。
そんな面倒臭い人間関係を少しでも簡素に、シンプルにしたいと
思っている主人公ですが、核となる問題を話し合うのはそんな面倒臭い
人間関係を一緒に作っている旦那や姑でなく、「これでよろしくて」同好会の
メンバー。
人間、逃げたらダメだとか、真正面から向き合わなければならない、と
分かっていても、山の中に居ればその山の大きさが分からないように、
何のしがらみもない人との会話や触れ合いから、答えを見つけたりするものです。

現在ではインターネット上で顔も分からない人に自分のリアルな悩み相談をする人が
多いと思うが、この小説の中に出てくる会は、実際に会った人たちと一緒に
とっても抽象的な問題について語り合う会。
「これでよろしくて」同好会、どこかで本当に開催されているのならば、
私も遠くから駆けつけて参加してみたいです。

まぁ、よろしかったですよ
日常なんて、なんてことはない日々の繰り返しなんだと思う
でも、人は誰かと「声を出して話したい」という小さな願望ってのは常にあるように思う
どうでもいい話、くだらない話、進歩のない話、他愛のない会話というもの
なんだかわかんないけど、誰かと話したいと思うのは人として普通の欲のひとつなんだと思う
じやなければ、ツイッターもあそこまで受け入れられなかったはず(笑)
あまり深く考えず、求めず、自然に読んでいける話でした
誰かと会話したくなった時、読んでみてはどうでしょうか?
「うそをつく理由」これは、自己弁護として時々我が身の心の奥底で使っては自分をなだめています(笑)

これでよろしくて?
川上 弘美

エトロ バッグ
タグ:川上 弘美
posted by nana at 22:20 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。