シロウト向けでないのがとても残念

あくまでフィクション
占守島攻防戦を、ハイライトにすえたフィクション。

ノンフィクションではない。

日本側登場人物には、実名の人物と、実名を連想させる仮名の人物が、混ざって登場する。

参謀総長の梅津は梅本駐ソ大使の佐藤は佐本など。

松岡洋右は、実名で出ているが、彼の役割は、まったくの仮想のものだと思われる。

したがって、緩い事実関係をベースにした小説であって、ノンフィクションを期待してはいけない。

まだ、何も終わってなどいなかった・・・
昭和20年8月15日。

核と言う名の地獄の炎で二つの都市が焼き尽くされ、数百万の人命とそれと同じ数の可能性と引き換えにやっと訪れた平和。

多くの日本人はその日を認識している。

果たしてそうだったのか?そうでは無かった。

まだ何も終わってなどいなかった・・・占守島に駐留していた第十一戦車連隊を始めとした第九十一師団はアメリカの介入を招来する為に総力を挙げて迎撃する事になる。

一方。

樺太に展開していた第八十八師団は多数の居留民を護るべく絶望的な撤退戦を演じる事となった。

これはポツダム宣言受諾後に北海道の北の彼方において、祖国分断の危機を阻止しこの地に住む人々を護る為に立ち上がった人々の物語である。

とある国民的な作家が「これは意味の無い戦いだった。

」と論じているが私はそうでは無いと反論します。

もしそうだとしたらこの戦いやその後のシベリア抑留で亡くなった人々は勿論、生き延びた人々に「生き延びて帰国できて良かったね。

しかし貴方方が生き残った事は余計でありその後の人生は無駄でしかないのですよ。

」と言う事になりかねません。

私はその作家の生き方や考えと作品を敬愛し尊敬しているだけに残念でなりません。

さて、この作品に不満があるとすればこれらの島々に住んでいた人々の描写が殆ど無いことでした。

占守島では水産工場に勤めていた数百人の女性をソ連軍の蹂躙から護るべく多数の船に便乗させ脱出させることに成功した事はその最たる事だったと思いますし。

ただそれらを度外視したとしても私にとってこの作品の評価は星4つであった訳です。

戦後日本の運命を左右した、知られざる重要な戦闘を題材にしたノンフィクション・ノヴェル
昭和20年(1945年)8月15日、日本が無条件降伏し、太平洋戦争が終結した後、ソ連軍は千島列島北部に進攻した。

だが、千島の日本軍は果敢に抗戦して敵の進軍を阻み、最終的にソ連の北海道占領を阻止した。

本書は、この千島攻防戦を題材にしたノンフィクション・ノヴェルである。

恥ずかしながら、このような戦後日本の運命を左右した、ドラマチックな戦闘があったとは、これまで全く知らなかった。

なぜこれほど重要な戦いが埋もれてしまったのか…それはさておき、大いに期待して本書を読んだ。

しかし、うーん…私には合わなかった。

つまり、ふだん戦記を読みつけないが、千島攻防戦に興味を持ったので…というドシロウトには、ふさわしい本ではないのだ。

まず、戦車戦闘のきわめて詳細な、マニアックとすら言える描写に、読むのがしんどくなった。

もう少し一般的にしてほしかった。

また、話がノモンハンから始まるのも、シロウト目にはピントがズレているように見えた。

非常に興味深い、しかも一般にあまり知られていないテーマなだけに、シロウト向けでないのがとても残念である。

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posted by nana at 00:29 | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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